直木賞全般

文学賞メッタ斬り!芥川賞・直木賞予想的中率

(※平成27年/2015年1月18日に初期アップロード) (※平成28年/2016年1月22日に最新情報更新)大森望・豊崎由美による対談企画「文学賞メッタ斬り!」は、平成15年/2003年に生まれた。 以来、シリーズ5冊が刊行されている。当初は、現在の日本の文学賞にまつ…

文学賞メッタ斬り!芥川賞・直木賞予想的中率

(※平成27年/2015年1月18日に初期アップロード) (※平成28年/2016年1月22日に最新情報更新)大森望・豊崎由美による対談企画「文学賞メッタ斬り!」は、平成15年/2003年に生まれた。 以来、シリーズ5冊が刊行されている。当初は、現在の日本の文学賞にまつ…

『オール讀物』の矢野八朗(村島健一)による「作家との一時間」一覧

昭和36年/1961年10月号から3年強、『オール讀物』に毎号にわたって載ったインタビュー記事「作家との一時間」は、同誌の名物企画だった。文藝春秋の社史ですら触れられている。インタビュアーは矢野八朗。フリーライター村島健一の筆名である。その記念すべ…

昭和45年/1970年における直木賞・芥川賞決定までの流れ

昭和45年/1970年7月1日〜9月13日、東京都近代文学博物館において「直木賞展」が催された。このときの様子の一部が、第54回(昭和40年/1965年下半期)受賞者、新橋遊吉の所属する同人誌『讃岐文学』にて紹介されている。そのなかの写真のひとつに、「芥川・直…

座談会「文学賞を批判する」(『文學界』昭和28年/1953年5月号)

昭和28年/1953年。まだ石原慎太郎による文学賞ビッグバンが起こる前である。すでに当時、文学賞がどんどん増えて、「その在り方について、ジャーナリズムの方でも、とかくの批評がある」との背景から、文学賞についての発言は各所で行われていた。そのうち、…

『週刊文春』第48回(昭和37年/1962年下半期)直木賞紹介記事

『週刊文春』は、直木賞の決まる季節には受賞者紹介記事を載せるのが定番である。版元が版元だけに、テッパン記事ともいえる。この記事の見どころはいろいろある。 その時代に、受賞発表はどのように行われていたか。 二人受賞者がいる場合、どちらに比重を…

笹森貞二「私と津軽書房」(『年輪』所収)

青森の出版社、津軽書房が15周年を迎えた昭和54年/1979年、『年輪』というエッセイ集が出された。同社に関わりの深い人たち28人と、社主・高橋彰一が15年を振り返って原稿を寄せている。平井信作、佐藤善一、長部日出雄、左館秀之助と、直木賞候補者(および…

『オール讀物』の直木賞受賞者による自伝エッセイ一覧

直木賞の発表媒体は文藝春秋の『オール讀物』である。発表号には、受賞のことば、選考委員による選評が載るほか、昭和30年代40年代ごろからは受賞作(全文掲載か、抄録)が掲載されるのが通例となった。また、その他、受賞者にまつわるいくつかの記事が載る…

小森収インタビュー「各務三郎 ミステリがオシャレだったころ」

早川書房『ミステリマガジン』の第4代編集長、各務三郎(太田博)。その在任期間(昭和43年/1968年〜昭和48年/1973年)は、直木賞でいうと、第60回台に当たる。推理小説はこの時期も、直木賞から縁遠かった。小森収のインタビューから、各務三郎の直木賞観が…

近松秋江「評論の評論」

直木賞・芥川賞とほぼ同時代に創設された賞に、文藝懇話会賞がある。昭和10年/1935年ごろは、直木賞の話題は文藝懇話会賞とともに語られることがよくあった。その文献のひとつが近松秋江の「評論の評論」。文藝懇話会の機関誌『文藝懇話会』創刊号に掲載され…

井出孫六「芥川賞・直木賞――周辺の人物史」

直木賞作家の井出孫六は昭和61年/1986年当時、『エコノミスト』誌に「東京歴史紀行」を連載していた。その第10回が「芥川賞・直木賞――周辺の人物史」。昭和10年/1935年文藝春秋社のあった大阪ビルのことなどを紹介している。 『エコノミスト』昭和61年/1986…

『文藝通信』(文藝春秋社発行)

直木賞と芥川賞と縁深い雑誌といえば、創設のときから『文藝春秋』『オール讀物』の二誌と相場が決まっている。しかし、文藝春秋社が当時発行していた雑誌はこれだけではない。「第三の直木賞・芥川賞機関誌」、その位置に『文藝通信』誌がある。 『文藝通信…