長沢巌『おおぞらに向かって』に描かれた日吉早苗

第23回(昭和25年/1950年下半期)の候補者、日吉早苗は、それからわずか2年ほど後、亡くなった。

日吉といえば、まず何より親友の山本周五郎、あるいは教え子だった小沼丹による回想文でも知られる。

日吉の息子、長沢巌は長じて牧師となり、また障碍者施設「やまばと学園」の運営に尽力した。彼の著書にも、父・日吉早苗に触れた箇所がある。

『おおぞらに向かって――重い知恵遅れの子らとともに』

著者 長沢巌、発行所 日本基督教団出版局、昭和48年/1973年10月25日初版発行
目次

  1. やまばと学園への道
  2. やまばと学園の目ざすもの
  3. 人間の価値を何で決めるか
  4. はばたき
  5. やまばとの天使たち
  6. 施設民主主義を目ざして
  7. ともに生きる
  8. 「やまばと成人寮」のために
  9. たとえ遅い歩みであっても
  10. 社会福祉事業の厳しさ
  11. 「コロニー」への疑問
  12. 生かされる喜び
  • あとがき
  • 年表
  • 資料
  • カバーデザイン……明石健
  • 写真撮影……大井淳地

 日吉に関する記述は、最初の章に出てくる。

「はじめに私事で恐縮ですが、さきごろ本箱の整理をしていましたら、日吉早苗著『お父ちゃん』という本が出て来ました。じつは日吉早苗というのはわたしの父のペンネームで、父は今から三十年くらい前の少女雑誌などにこの名前で小説を書いていたのです。そして「お父ちゃん」のモデルは父自身ということになるのですが、今度パラパラとページをめくってみて、その中にわたしが少年時代にノートに書きつけた詩が、そのまま載せられているのを見つけました。それはわたしが家族とともに伊豆の大島にある精薄児施設の藤倉学園を訪問した時の印象を詩の形にしたものです。
(引用者中略)
 この詩には何も触れられていませんが、藤倉学園をわたしたち一家が訪問したのは、わたしの姉をそこに入園させるためでした。この姉は満十八歳の年齢に達して退園し、現在もわたしたちといっしょにいます。父は早くなくなりましたが、最後まで姉のことが重荷であったようです。」

障碍をもって生まれた日吉の娘、あるいは熱心な、熱心すぎるほどのキリスト教徒だった日吉の妻のことは、木村久邇典の『山本周五郎』などにも登場する。