第17回中山義秀文学賞公開選考会

中山義秀文学賞は、選考会が一般に公開される。そのせいか、改めて選評といったものが文章として発表されることがない。

今日平成23年/2011年11月19日、第17回の選考会が、福島県白河市白河市立図書館で行われた。その様子と、各選考委員の候補作評を書き残しておく。

ちなみに、以下の委員の発言は、一字一句違えず文字を起こしたものではない。文責は当ブログのpeleboにある。

第17回中山義秀文学賞公開選考会

…例年、選考会は中山義秀記念文学館の隣にある「大信農村環境改善センター」で行われる。ただ今年は、同文学館が震災の被害に遭ったことなどから、新築なった市立図書館が会場となったらしい。

…会場の多目的ホールには、一般席として約150人ほどの椅子が並べられ、70人程度埋まっていた模様。

  • 13:00 開会(戸倉耕一・中山義秀顕彰会副会長による開会の言葉)
  • 13:10 選考委員入場(観客席から向かって左から、津本陽、竹田真砂子、縄田一男安部龍太郎の順)、選考委員席の向かって左にコーディネーターの人見光太郎着席。

 同時に、一次・二次選考委員を務めた3名、床田健太郎時事通信)、佐藤晴雄(福島民報)、重里徹也(毎日新聞)の各氏が紹介される。

  • 13:20 観客に対して縄田一男からのあいさつ。

…大震災の被災に対して、被災者へねぎらい等の言葉。
「こういう年に中山義秀文学賞が開催できることは、福島県の文化の底力を、日本中にアピールすることになると思います」

  • 13:24 選考会スタート。
  • 13:26 候補作『新徴組』(佐藤賢一)に関する意見が述べられる。
    • 津本「直木賞のときは私は推したのだけど。今度の本は、どうも広いが浅い。今ひとつ目を引くところがない。全体的に進行が少なく、どこか集中する点というか、鮮やかなものが少ない。私はあまり感激しなかった。」
    • 竹田「東京の人間として、これまで影の薄かった新徴組を書いて下さったことは嬉しく思います。ただ前編と後編とで、あまりに書き方や視点が違いすぎています。とくに前編については、読むのにとーっても時間がかかりました。何を言っているのかわからない文章で。翻訳調なら翻訳調でそこを否定するものではないが、これは、とても日本語になっていません。」
    • 縄田「佐藤さんは、海外や、海外と日本が接点をもったものをお書きにすると、すごく出来がいい。この作は、どうも思いつきが先に立ったのではないでしょうか。本来の佐藤さんなら、沖田林太郎ではなく、酒井吉之丞を軸にしていたはずです。西洋的な考え方の持ち主である吉之丞から、幕末の時代を描くというふうに。佐藤さん、今回は視点を間違えたかなと思います。」
    • 安部「後半はとても面白く読みました。負けた側から明治維新史を描いていて、山形の人間のありよう、武士の精神、藩の内情などについてよく描けていると思います。ただ、どうもまわりだけを書いていて、今一歩踏み込んだところが書けていない印象があります。」
    • 津本「それぞれの、読者に対する誘い込み方などはいいと思う。文章として、いいところまで来ています。この人は題材を間違えると、損をする人だと思う。」
    • 竹田「私も、酒井吉之丞を主人公にしたほうがよかったと思います。」
    • 安部「酒井と沖田の新徴組を組み合わせて描いたら面白そうだ、と構想されたのは評価します。明治維新をただ礼讃するような意見に、切り込んでいこうとする志はいいと思います。」
    • 縄田「佐藤さんは最近『ペリー』を書いています。これは、これまでにない新しいペリー像が書けています。来年ぜひ、『ペリー』が候補作になるといい、と思います。」
  • 13:56 候補作『お順』(諸田玲子)に関する意見が述べられる。
    • 安部「とてもスピーディで読みやすい。とくに勝海舟はよく描けていると思います。幕府側の生活者を、生活感をもって、この時代のなかで描いているのは手柄でしょう。難点をいえば、物語が表面をなぞって書かれているところです。今ひとつ人物像が立ち上ってきません。また文章表現も、便宜的に言葉を使ってしまっているところがあって、文学の感興にまで及んでいないと思いました。」
    • 縄田「勝小吉という人物を書くのは、ほんとうに難しいんです。この小説の裏の主人公は、明らかに勝小吉です。彼の影響を受けた娘お順、父親ゆずりの規格外の女、というのが、最初のほうはちゃんと書けていると読みました。ただ、途中からだんだんお順が普通の女になっていってしまっている。」
    • 竹田「お順の魂を、一度はつかんだ小説だと思いました。ただ一番問題だと思ったのは、旗本と御家人の区別がついていないのではないかと思うようなところがある点です。また、江戸の作品なのに上方の言葉がまじってしまっているのも惜しい。最終的にこの作品に好感がもてなかったのは、非常に個人的なことで申し訳ないのですが、私個人が佐久間象山が嫌いだから、なんですね。」
    • 津本「お順というのは本当、謎の女性です。お順が佐久間象山のところに、どうして嫁に行ったのか、よくわからない。この小説でも、その辺のところが一発読者を引き込むように書けているとは思えませんでした。諸田さんという人は小説がうまいから、必ず人物に自分を投入させて書く人だと思うんです。しかし、この小説では投入できていない。迫力が出てこない。お順を理解されないまま書かれたのではないか、とも思います。」
    • 安部「自分と作中人物とに血がつながっていないと、小説にはならないと思います。その点で、たとえばシナリオを書く人や脚本家などが小説を書くと、たしかに物語としてうまく書けるんだけど、人物に自分を托して書けているか、という点で小説になりきっていないものが見受けられます。」
    • 縄田「これは作家にとっての幸不幸でしょうが、諸田さんはどんなものでも器用に書けてしまう人です。諸田さんにお会いすると私などは「諸田さん、もっと苦しんで書いて下さい」と申し上げたりします。作中人物に自分を叩きつけるぐらいの迫力のあるものが書ければ、諸田さんは今よりもっと、すごいレベルの作家になるはずなんですが。」
    • 竹田「お順というのは、読む前までは、もっと進歩的な女性だと思っていたんです、ところがこの小説では、けっきょく男に都合いい女性でしかありません。そこが残念でした。」
    • 津本「この作品は私は認めませんが、諸田さんは、これからもっともっとよくなる作家だと思います。」
  • 14:42 候補作『孤鷹の天』(澤田瞳子)に関する意見が述べられる。
    • 竹田「とにかく分厚い本です。また題名も、あまり面白そうじゃない。表紙を見ても面白くなさそうですし。正直、読むまでは期待していませんでした。ところが読んでみるとスムーズに読めました。架空の人物を一人立てて、この時代を串刺しにしたおかげで、歴史的事件や人物たちがバラバラにならず、小説になっていると思います。完全な現代語で通して書いてくれたのが、この作の成功の要因でしょう。私は読んでいて、60年安保・70年安保・天安門事件と重なりました。」
    • 縄田「前に『本の雑誌』で「縄田の言葉」という記事がありました。私が書いた推薦文をいろいろ取り上げていて、「評論家生命を賭けて推薦する」という私の言葉に対して、「この人は推薦した人が駄目になったら評論家をやめるのか」と書いてあって、私自身爆笑しました。それで私は、『孤鷹の天』の作者に賭けてみたいと思います。処女作にして、これだけ腹をくくって書かれている小説は珍しい。もちろんケチをつけようと思えばいくらでもつけられます。しかしここには、現代の社会に対する作者の怒りが叩きつけられている。「天平版官僚の夏」ともいえます。しかもこれほどのスケール感。ここまでのものを第一作目に書けるのは並大抵ではありません。評論家生命を賭けてもいいと思っています。」
    • 安部「私も面白かった。文章がいい。人物のキャラクターもうまく描き分けられている。現代に紫式部あらわれた、というくらい。こっちもうかうかしていられないなあと思いました。中盤あたりは、もう少し人物を絞り込んでもらいたいなと思いましたが、終盤、群像劇として書かれてきた意味がある程度納得できるように書けています。印象としては韓流ドラマみたいだな、とも思いました。半分はいい意味です。ただ、ドラマが最初にあって、個人の内面をドラマに合わせて書いているようなところも感じました。」
    • 津本「見た目、読まれることを拒否しているような本ですね。でも読んでみたら、エラい小説だった。作家自身のコンプレックスが作品を引き寄せている気がします。小説を書くべくして出てきた人だな、と。最後まで熱情が一本に貫かれています。心をズタズタに切り刻まれた経験のある人がそれを叩きつけた書いた小説は、人を引きつけるものです。」
  • 15:19 四選考委員による採点(各自がどれに何点をつけたかは非公開)。
  • 15:21 採点の集計をもとに、事務局が受賞作を協議。
  • 15:25 受賞作の発表。澤田瞳子『孤鷹の天』と決まる。
  • 15:26 休憩。

…四人の選考委員が各自、文学と関係のある話題を話していく。

    • 竹田真砂子……最近亡くなった、自分にとって大切に思っていた人たち。児玉清さんと小松左京さんのこと。「図書館を使った調べる学習コンクール」優秀賞の「「弔う」ということ―死と向き合って」(岩間優)と出会って感銘を受けたこと。
    • 津本陽……先輩作家たちとの奇妙な出会いについて。中山義秀(「丘の家」が直木賞候補になったときの選考委員)、川口松太郎(自分に剣豪小説が書けると見抜いてくれた人)、松本清張(50歳になって小説を書き始めると長く続けられると励まされた話)、井上靖(バーで一度だけ会って話し込んだ日)、富士正晴(根っからの詩人で、自分はうまく死ぬよと宣言して死んだ人)。
    • 安部龍太郎……『日本経済新聞』に長谷川等伯の小説を連載していることもあり、等伯の生きざまについて。情熱とコンプレックスを抱えた絵描きだった。
    • 縄田一男……児玉清さんのこと。親しくしていても、なかなか最後の一線はバリアを張って、「私」の部分を見せてくれない人だったが、ある日ぽろりと私生活のことを語ってくれた。自分にも心を開いてくれたかと思っていたが、まもなく逝ってしまった。
  • 16:43 閉会