「「時の人」斎藤芳樹とは?」(『文明』創刊号昭和25年/1950年8月)

第57回(昭和42年/1967年上半期)直木賞候補、『近代説話』同人、そして第2回夏目漱石賞入選者、斎藤芳樹は、奄美の人である。

その作品世界の多くも、奄美の地に取材したものだった。

夏目漱石賞の入選が、名瀬市奄美文明社『文明』によって取り上げられている。

『文明』創刊号(昭和25年/1950年8月)

昭和25年/1950年8月10日印刷、昭和25年/1950年8月15日発行、発行兼編集人 藤原岡惠、印刷人 盛岡悦郎、発行所 奄美文明所、特価二十五円

斎藤の筆による「奄美文学を樹立」とともに、「「時の人」斎藤芳樹とは?」という記事が載っている。

以下、「「時の人」〜」全文を引いておく。

斎藤芳樹氏は旧性中野斎藤、宇検村名柄出身、大島中学校第十四回卒業で、昭和九年上京後は文学を志しつゝ流浪転々の生活をつゞけ、昭和十五年南京の邦字新聞社に入社して各戦線に従軍、二十一年引揚げて東京都北区王子町紅葉橋都営住宅三四号に住い、現在某出版社に勤務のかたわら創作に専念しているが、同氏の文学閲歴は早くも昭和十八年発表した「日語学校」が大陸賞を獲得しており、更に昭和二十四年七月には作品「我利耶は神様」が講談社の群像賞に入選し、今また文学登龍門の夏目賞を得て新進作家としての確固たる土台を築きあげたものである。斎藤氏の作品はいずれも、きょう土奄美大島を主題にして描かれたものであり、その特異な作風と南国的情熱豊かな文学魂の具現は現日本文学界に革新的な一石を投じており、今後の同氏の創作活躍に幾多の期待がかけられているのである。当選の喜びを斎藤氏は左の如く語る。
「雨降る孤島」は昇曙夢先生の御指導と御鞭撻を賜つて完成した作品です。先生に心からの感謝を捧げ、より一層刻苦勉励して立派な作品を書く念願です。
奄美より)」